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<Author: 李隆基>
<Title: 經鄒魯祭孔子而嘆之>
<Format: 五言律詩>
<Year: 1988>
<BookName: 唐詩三百首詳解  上卷>
<Translator: 田部井文雄>
<style: 現代文有假名>
<style2: 日本現代譯文附假名標注>
<TranslatedTitle: 經鄒魯祭孔子而嘆之>
<BookPage: 29>
<UsedPage: 1>
<Feature: 0>
<End Header>
<Poem>
夫子何爲者，棲棲一代中。
地猶鄹氏邑，宅即魯王宮。
嘆鳳嗟身否，傷麟怨道窮。
今看兩楹奠，當與夢時同。
<End Poem>
<Translation>
孔子（こうし）とは、いかなる人（ひと）か。世（よ）のために奔走（ほんそう）したいそがしい生涯（しょうがい）であった。その生まれた土地（とち）は、今（いま）もなお鄹氏（すうし）の村（むら）として残（のこ）り、その旧宅（きゅうたく）は、そのまま、魯王（ろおう）の宮殿（きゅうでん）となった。太平（たいへい）の世（よ）に出現（しゅつげん）するという鳳風（ほうおう）が現（あらわ）れないことを嘆（なげ）いては、孔子（こうし）自身（じしん）の不運（ふうん）を悲（かな）しみ、同（おな）じく太平（たいへい）の世（よ）に現（あらわ）れるという麒麟（きりん）が時（とき）ならぬ乱世（らんせい）に出現（しゅつげん）したことを悲（かな）しんでは、わが求（もと）める道（みち）の行（おこな）われないことをうらめしく思（おも）ったのだ。現在（げんざい）わたしは聖廟（しんびょう）の二本（にほん）の柱（はしら）の間（あいだ）に、神酒（しんしゅ）を供（そな）える祭（まつ）りのさまを見（み）て、これこそ孔子（こうし）が夢（ゆめ）に見（み）たと伝（つた）えられる時（とき）のありさまと同（おな）じであろうと思（おも）うのだ。
<End Translation>